私は幼いころ、保育園に預けられていました。
取り立てて何かある保育園でもなく、かと言って何かが不足しているわけでもない、普通の保育園です。
その保育園の同級生がある日、水の事故で亡くなってしまいました。
朝、先生が真剣な表情でみんなに告げたのです。
「もう会えないんだよ」
何か重大な出来事が起こったことは分かりましたが、人の生き死にを意識するにはまだ幼な過ぎたのか、それとも私が阿呆なのか、悲しみはあまり感じませんでした。
ただ、何か心に引っかかるモヤモヤとした感覚を、今でも覚えています。
家に帰ってから親に話すと、既にそのことを知っていたようです。ただ、幼い子供にどう説明すればいいか迷ったのか、水には気をつけなさいというようなことを言われただけでした。
葬儀には母が参列しました。子供はいつも通り保育園です。いつも通りじゃないのは、人数が1人足りないことだけです。
その夜、私は夢を見ました。
夢の中でも保育園にいて、帰りの準備を始めています。いつもと同じ風景です。色もあり、細部までそのままでした。
古びた木製のロッカーに黄色いカバンを取りに行き、肩にたすき掛けをすると、2列に整列しました。
先生が前に立って、「前へならえ!」
と言うと、みんな一斉に腕をピシっと前に伸ばします。
ふと右側を見ると、亡くなった子もそこにいました。
全身ずぶぬれで、うつむいたまま生気のない顔で『前へならえ』をしています。少し長めの髪の毛の先からはポタポタと雫が垂れていました。
怖いという感覚はまったくありません。濡れているけど大丈夫だろうかなどと、心の中で心配していたほどです。
私は自然に「あぁ、帰ってきたんだ」と言いました。
その子は黙ったまま、ゆっくりとうなずきました。
夢はそこで終わり、目が覚めた私は母に、「〇〇くんが帰ってきた」と言いました。
母は少し困惑した様子でしたが、「〇〇くんはもう帰ってこないんだよ」と静かに言いました。
幼い私には何も理解できませんでした。夢のことも、母の言葉も。 そんな夢を3回ほど見ましたが、それ以降は誰にも言いませんでした。
信じてもらいないという猜疑心と、何か普通ではないことが起きていて、誰にも言わないほうがいいような気がしていました。
大人になって、家族での食事中に昔話になったことがあり、私はその夢の話をしました。
母は私の夢のことは覚えていませんでした。
「あれはかわいそうな事故だったね。葬儀のお手伝いなどを手伝いに行ったから、お礼を言いに来たのかもね」