カタカムナ文献って何?
カタカムナ文献はカタカムナ神社に伝わるとされる古代の文書で、カタカムナノウタヒとも呼ばれます。
戦後、六甲山系の金鳥山で電位測定をしていた楢崎皐月(ならさきこうげつ)が猟師の平十字(ひらとうじ)と出会い、「測定機械のせいで動物が怯えている」と聞かされます。
楢崎はすぐに測定機器を撤収し、その姿に感銘をうけた平十字は自分の父が宮司を務めるカタカムナ神社に伝わる巻物を見せたそうです。
その巻物は漢字でも神代文字でもない、記号のような文字で書かれていました。
楢崎はそれを書き写し、解読に成功します。
中心から渦のように外に向かって読むように書かれており、和歌のような五七調だったそうです。
何が書いてあるの?
冒頭には「アシアトウアン ヒビキマノスベシウツシフミ・・・」と書かれており、アシアトウアン=蘆屋道満(あしやどうまん)ではないかと言われています。蘆屋道満は陰陽師安倍晴明のライバルですね。
主な内容は、古代の科学や医学、哲学など。また、人や動植物を繁栄させるのに適した場所である「イヤシロチ」や、その逆の「ケガレチ」の見分け方なども記載されていました。
文献はどこにあるの?
楢崎はこの写本を発表しましたが、学界から認められた写本ではないこと、発見時期が最近過ぎる、原本の所在が不明であることなどから、公的な文献として認められていません。
さらにその写本も楢崎の弟子が受け継いだのですが、火事によって失われています。2重にも3重にも運が悪いですね。
原本を探せばいいじゃん。
そうですよね。
でも、カタカムナ神社は神戸の六甲山にあるとのことですが、所在の真偽は不明なんです。あの、霧の夜に現れる『メリーさんの館』みたいな感じですかね(笑)
金鳥山には保久良(ほくら)神社があり、これがカタカムナ神社ではないかという説もあるんですが、保久良神社自体が古くからある神社なので、これもまた真偽不明です。
こう言った経緯から、カタカムナ文献は楢崎皐月の創作ではないかとさえ言われています。しかし、今でも真剣に研究を続ける学者もいます。
最後に
六甲山系では失われた巨石信仰の痕跡が随所に残されています。天狗岩や夫婦岩が有名ですね。保久良神社内にも巨石が祭られていますよ。
この他にも、日本にはホツマツタエや日月神事など、真偽不明の文献が多数あります。そして、近年の技術進歩によって歴史が変わるような痕跡がいくつも発掘されています。
もしかすると、これらの文献が何らかの形で日の目を見る日が来るかもしれないと思うと、ロマンを掻き立てられますね。
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